1. 序
対話は他者がいてはじめて成立することから考えて、対話相手が誰かという問題は、発話者にとって大きな問題である。なぜなら対話では、発話の意味内容を伝えるのみならず、相手を自分がどう捉えているかをも伝えているためである。発話者は相手との関係を考慮しながら自分の発話行動を制御すると考えられる。本研究では、発話者が相手に対する感情を伝えようとする意図を、伝達意図と呼び、これが対話者の発話パターンに及ぼす影響を調べる。その際、話者交替を切り口とし、先行話者が話し終わってから後続話者が話し始めるまでの時間長である交替潜時を主な分析指標とする。
伝達意図は伝達したい対人感情と意図の強度(関心の強さに同じ)の2軸から成ると考える(例えば、親密な2者による対話における伝達意図は、相手に好意を持っていることを、強く伝えようとする意図と考える)。
交替潜時に影響を及ぼす要因として、伝達意図のほかに、相手の視線や身振りなどの視覚的情報や相手の発話速度や交替潜時などさまざまな側面が考えられる。対話者間で交替潜時が類似すること(同調傾向)が報告されているためである。これらに関して検討するには対話相手の発話行動を操作する必要があり、さらに伝達意図の影響を検討するためには発話者の伝達意図を操作する必要がある。これらの必要のため、機械を用いた擬似対話で実験することが望ましいと思われる。しかし、擬似対話の実験で操作すべき変数をあらかじめ特定する必要があるため、まず自然対話の観察を行った。
2. 実験1−親密な2者による自然対話−
【目的と方法】
実験1では、2者の自然対話から、対話者の交替潜時に影響を及ぼす要因を特定することを目的とした。相手の視線や身振りなどの視覚的情報が他方の話者の交替潜時に及ぼす影響について検討するため、対面・非対面の条件を設定し、それぞれの条件下で示される同調傾向の程度を比較する。親しい者同士は同調傾向を示しやすいと言われているため、被験者は親密な同性の2者(3組)に統制した。
【結果と考察】
交替潜時に同調傾向が認められ、対面対話においてより強く同調傾向を示すペアが1組、残る2組は非対面においてより強い同調傾向を示した。このことは、視覚的情報が交替潜時に影響する要因となっている可能性を否定し、特に非対面でも同調傾向が示されることから、対話相手の発話速度もしくは交替潜時など、音声パターンのうちいずれかが他方の話者の交替潜時を決定する要因となっていることが示唆された。
また、間投詞の使用頻度や間投詞の種類が対話者間で類似する傾向が見られた。
後続発話が最初に含む表現や先行発話との繋がりによって(言語的機能)、交替潜時が異なることが予測されたので、話者交替を、後続発話が最初に(A)感嘆的表現を含む、(B)相槌的表現(話す前に送る「そう」「うん」などの相槌に似た表現)を含む、(C)後続発話が質問に対する応答になっている、(D)その他に分類し、それぞれの交替潜時を比較した。その結果、
(A)はオーバーラップ(先行発話が終了する前に後続話者が発話を開始する現象)が生じやすく交替潜時は比較的短いが、一方(B)は比較的オーバーラップしにくく相槌的表現は先行話者による発話の直後に送られる傾向があることが示された。これらのことから、言語的機能(それぞれ、驚きや発見を表出する機能、相手に注意を促す機能を持っている)が交替潜時に反映されていると考えられる。また、個別指導やゼミナールでの対話を扱ったBeattie(1978)は、(C)質問に対する応答の交替潜時は他の場合の交替潜時より有意に長いことを示しているが、本結果はこれに一致しない。質問の難しさが結果の不一致の原因と考えられた。
3. 実験2−伝達意図を操作した擬似対話−
【目的と方法】
伝達意図が交替潜時に及ぼす影響を調べることが実験2の目的の1つである。さらに、実験1の結果から、対話相手の発話速度または相手の交替潜時が、他方の話者の交替潜時を決定する要因となっている可能性が示唆されたため、これに関しても検討を行う。演劇経験者6名を含む10名の被験者は、同一の台本を、異なる3種類の伝達意図で、あらかじめ録音された自然音声を用いた刺激と、対話するよう求められた。伝達意図は、好意を強く伝えようとしている(好意条件)、嫌悪的感情を強く伝えようとしている(嫌悪条件)、伝達意図が弱い(無関心条件)、であった。刺激の交替潜時(3種類)×刺激の発話速度(3種類)が用意された。台本とは相手(刺激)から映画に誘われる場面を描いた往復10回の対話であった。
【結果と考察】
無関心条件における交替潜時は、好意条件や嫌悪条件における交替潜時よりも有意に長く、好意条件と嫌悪条件における交替潜時は全体的としてほとんど差がなかった。このことから、伝達意図の強さが交替潜時の短さに表出されたと考えられる。また、自分の発話内容が相手にとってどの程度望ましいか被験者に判断させ、その判断値を対人的望ましさの指標としたところ、対人的望ましさの高い発話内容を言うときの交替潜時は、好意条件における方が、嫌悪条件におけるよりも短く、逆に、対人的望ましさの低い発話内容を言うときの交替潜時は、好意条件における方が、嫌悪条件におけるより長い傾向があることが示された。こうした交替潜時の背景に、発話内容を強調して伝えたいかどうかの判断が介在することが推測され、発話内容を強調して伝えたいほど交替潜時は短く、強調したくないほど交替潜時は長くなるという関係があることが考えられた。
被験者の交替潜時は刺激の交替潜時と正の相関を示すことから、被験者の交替潜時は刺激の交替潜時に対応して伸縮するといえる。このため、対話相手の交替潜時が他方の話者の交替潜時を決定する要因の1つであると考えられる。自然対話においては対話者の交替潜時が相互に影響する結果、同調傾向が生じると推測できる。また、伝達意図の条件間で刺激の交替潜時の影響を受ける程度を比較したところ、好意条件において嫌悪条件や無関心条件よりも、正の相関を示しやすい被験者が多かった。さらに、嫌悪条件において、無関心条件よりも正の相関を示しやすい被験者が多かった。このことから、伝達意図が強い方が弱いよりも、相手に対して好意的である方が嫌悪的であるよりも、同調傾向が生じやすいと考えられる。
発話の言語的機能による交替潜時の相違も示された。例えば、相手の発話を途中から受け継ぐ機能をもつ発話はオーバーラップしやすい。また、先行発話がYes/No反応を求める場合の方が、未知情報を求める場合よりも交替潜時が短いことから、交替潜時は質問の難しさをも反映していることが示された。
4. 総合討議
本研究は、対話者の伝達意図が交替潜時パターンに影響を及ぼすことを示した。伝達意図が強いほど、相手にとっての発話内容の望ましさが伝達したい感情と合致しているほど、交替潜時が短くなると考えられる。また、一方の話者の交替潜時は相手の交替潜時の影響を受けていることが示されたため、同調傾向は、自然対話において、対話者がともに相手に対する肯定的な感情を強く伝達しようとする場合、対話者の交替潜時が相互に影響する結果生じると考えることができる。後続発話の言語的機能も交替潜時に影響を及ぼす要因の1つであった。
以上をまとめると、発話者の交替潜時に影響を及ぼす要因として、(1)発話の言語的機能、(2)伝達意図の強さ、(3)対話相手の交替潜時、(4)伝達したい感情と相手にとっての発話内容の望ましさとの関係、の4つが挙げられ、この4つに関する規則からなる交替潜時決定モデルが提案された。
今後、交替潜時の変化が聞き手の発話解釈ならびに伝達意図の理解に及ぼす影響について検討することが必要である。
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