博士学位論文

対人コミュニケーションにおける
非言語行動の2者間相互影響に関する研究

長岡千賀
大阪大学大学院人間科学研究科


研究の背景および目的(第1章)

 コミュニケーション場面において,相互作用者の非言語行動,例えば話し方や姿勢や癖などが,互いに類似することがしばしば観察される.例えば,長岡・小森・中村(2002)は,同性の2人組による非対面状態での自由対話において,話者が用いる交替潜時(話者交替の時間間隔,すなわち,一方の話者が発話を終了してから他方の話者が発話開始するまでの時間の長さ)が対話者間で類似することを示している.このように,相互作用相手との間でコミュニケーション行動が連動し,パターンが類似化していくことを,一般に同調傾向と呼ぶ(大坊, 1999).
同調傾向はコミュニケーション場面において常に示されるわけではなく,相互作用者の共感性や社会性などの要因により変化することから,同調傾向は多くの研究者によって,円滑なコミュニケーションの指標としてみなされてきた.さらには,同調傾向はラポール感をもたらしたりポジティブな対人印象をもたらしたりすることが示されてきた.このことは,同調傾向がコミュニケーションにおいて何らかの重要な役割を果たしていることを示唆している.
言語的(すなわち,記号的な)コミュニケーションと非言語的コミュニケーションを対比して考えたとき,この同調傾向という現象は,記号的な情報伝達とは異なる非言語的コミュニケーションの特質を強くあらわしているものであると言える.そのため,同調傾向は多彩な学問分野で関心が持たれ研究の対象となり多くの知見がもたらされてきた.しかし,同調傾向は非常に多彩な非言語行動に観察される現象であり,また,複数の学問分野でさまざまな関心から個別に研究が行われてきたため,これまで同調傾向を系統的に記述する試みは数少なく(たとえば,Feldstein & Welkowitz, 1978; 大坊, 1985; Cappella, 1981; Hess, Philippot, & Blairy, 1999),その概説範囲も限られてきた.また,同調傾向に関するモデルはいくつか提案されているが,それぞれが関連付けられ論じられることはこれまでほとんどなされてこなかった.
そこで本研究では,交替潜時などの発言行動の時間特性をパラメータとして,同調傾向のモデルを構築することを目的とする.これにより,同調傾向研究に新しい知見を付け加えるばかりでなく,モデル間の比較を可能にすることによって,同調傾向を俯瞰するための視点を提供し,非言語的コミュニケーションの特質の一端を明らかにすることを目指す.




同調傾向の生起過程に関する検討(第2章)

 従来の同調傾向のモデルの1つであるHess, Philippot, & Blairy (1999)のmimicryのモデルでは,情動的コミュニケーションにおけるmimicryが説明対象とされている.彼らは,mimicryは自動的反応であると考える.しかし発言長や交替潜時の同調傾向は,社会的な要因の影響を受けることがさまざまな先行研究によって示されている.そこで第2章ではまず,社会的な要因が交替潜時などの同調傾向に影響を及ぼすことを検証することを目的とした.また,一般的に自動的反応は瞬間的に生起するが,交替潜時などの同調傾向は比較的長期にわたる時間経過とともにその程度を増大することが,先行研究から推測された.そこで,交替潜時の同調傾向の程度の時系列的変化を検証することを第2の目的とした.

【実験1】聞き入れ対話と意見固持対話の比較

 従来の研究の概観から,相手に対する受容的な態度が同調傾向に関連していることが示唆された.そこで,実験�では,話者が受容的構えを持つことが,発言長(話者交替によって区切られる同一話者の発話が連続する長さ)や交替潜時や相槌頻度(ここでは相手の発話中の1分あたりの相槌の回数)の同調傾向に影響することについて検証することを第1の目的とした.そのため,話者が相手に対して受容的構えを持つ対話として,意見の異なる2者が話し合いによって妥協点を見出す条件(聞き入れ条件)を設定し,話者が相手に対して受容的構えを持たない対話として,意見の異なる2者が自らの意見を相手に主張する条件(意見固持条件)を設定した.対話時間は15分間であった.発言長,交替潜時,相槌頻度を測定し,それぞれが同一ペアの2者の間でどの程度違っているか(差の絶対値によって示した),およびどの程度2者間で一致しているか(級内相関係数によって示した)を,条件間で比較した.その結果,すべてのパラメータが,聞き入れ条件における方が意見固持条件よりも互いに一致していることが示された.また,交替潜時が最も強く同調傾向を示し,かつより明確な条件間の差を示したことから,これ以降の検討では交替潜時をパラメータとすることが適していると判断された.さらには,社会的スキルが交替潜時の同調傾向に影響を及ぼすことも示唆された.ENDE2(堀毛, 1994)によって測定された社会的スキルの下位スキルである記号化スキル得点によってペアを3分類した.結果から,両話者とも社会的スキルが高いペアほど,受容的構えを持っているときには交替潜時の同調傾向を示すのに対し,受容的構えを持たないときには相手の交替潜時とは全く異なる交替潜時を用いる傾向が示唆された.
実験�の第2の目的は,時間経過に伴って同調傾向の程度は変化するかどうかを調べることであった.15分の対話を前半と後半に分割し,それぞれにおいて用いられた交替潜時が,同一のペア内でどの程度一致していたかを調べた.その結果,聞き入れ条件において前半から後半にかけて同調傾向の程度が強まること,および,対話の前半においてすでに聞き入れ条件の方が意見固持条件よりも同調傾向の程度が強いことが示された.これらのことから,同調傾向は時間経過とともに程度を増すことが示され,かつ,同調傾向は対話のごく早いうちから生じていることが示唆された.

【実験�・�】同調傾向の時系列的生起過程

 実験�・�は実験�の押さえとして位置づけることができる.実験�・�では,あらかじめ台詞が決まっている模擬対話において,一方の交替潜時を操作し,他方の交替潜時が時系列的にどのように変化するかを調べた.これにより,時間経過に伴い徐々に2者の交替潜時が類似していくことを再確認することを目的とした.被験者の音声入力に反応してあらかじめ録音した音声ファイル(話者X)を再生するアプリケーションを用いて模擬対話を成立させる方法を用いた.アプリケーションによって話者Xの交替潜時を操作した.結果はクリアとはいえないものの,2つの傾向が見出された.第1に,話者の交替潜時は,時間経過とともに徐々に相手の交替潜時に同調するように変化すること,第2に,本実験のような協調的な対話においては,社会的スキルが高いことが同調傾向と関連する傾向が示された.

 以上,第2章の実験結果をまとめると,交替潜時の同調傾向には,相手に対する受容的構えや社会的スキルが影響することが示された.ならびに,交替潜時の同調傾向は,時間経過とともに徐々に程度を増す過程が示された.




交替潜時の同調傾向の機能に関する検討(第3章)

 第3章の目的は,交替潜時の同調傾向が,対話における目標達成ならびに対人印象に及ぼす影響について検討することであった.得られた結果は,本研究で提案するモデルを,同調傾向の機能の観点から検証する上での手がかりとなると考えられた.

【実験�】対話者による対話についての評価実験

 実験�の目的は,相手の交替潜時が自分の交替潜時に同調傾向を示すかどうかが,対話における目標達成ならびに対人印象に影響を及ぼすことについて検証することであった.そのため,音声遅延によって,時間経過とともに相手の交替潜時が同調傾向を示すようになる条件(遅延減少条件)と,時間経過とともに相手の交替潜時が同調傾向を示さなくなる条件(遅延増加条件)を設定した.そして,それぞれの条件下で意見の異なる初対面の2話者に妥協点を見出すための対話を行わせ,その後話者ごとに対話についての評価をさせた.協調性,妥協の達成,意見の一致についての評価値を2条件間で比較した結果,遅延減少条件の方が遅延増加条件よりも優れた評価を得ることが示された.また,同一ペアの2話者の評定値が互いにどの程度ずれているかを分析した結果,遅延減少条件の方が遅延増加条件よりも2者間で評定値が近似していることが示された.また,感じの良さや話しやすさなどの対人印象に関しても,遅延増加条件よりも遅延減少条件において,評定値の前半から後半にかけての向上の度合いが大きかったことが示された.

【実験�】聴取者による対人印象評価実験

 実験�は実験�の押さえとして位置づけることができる.実験�は,発話の意味内容や交替潜時以外の韻律などを統制し交替潜時のみを操作した音声刺激を用いた,聴取者による対人印象評定実験であった.目的は,交替潜時の同調傾向が対人印象に及ぼす影響を検証することであった.テレフォンショッピング場面の対話音声における,オペレータおよび客の交替潜時を操作した.そして,聴取者にオペレータの接客態度の印象(「感じのよい」「親しみやすい」など)について7段階で評価させた.評定値を刺激間で比較したところ,オペレータの印象として特に重要視される項目である「親しみやすい」や「感じのよい」項目において,客の交替潜時とオペレータの交替潜時の交互作用が有意であった.すなわち,客の交替潜時が長い場合には,長い交替潜時を用いるオペレータの方が短い交替潜時を用いるオペレータよりもポジティブに評価された.また同様に,客の交替潜時が短い場合には,短い交替潜時を用いるオペレータの方が長い交替潜時を用いるオペレータよりもポジティブに評価された.

 以上第3章の実験結果から,交替潜時の同調傾向は,話し合いによる目標達成を促進すること,ならびに,「親しみやすい」「感じが良い」などの形容詞であらわされるような個人的な親しみやすさをもたらす機能があることが示された.




総合論議(第4章)

 上記の2つの検討を通して得られた知見を基に,交替潜時の同調傾向を説明するモデルを提案した.このモデルにおいては,話者は相手の発話様式を参照し,自分の発話様式に取り入れ,自らの交替潜時を産出する.取り入れの段階で相手に対する構えが影響し,産出の段階で社会的スキルが影響すると考えられる.常に変化しうる相手の発話様式を取り入れるという困難な処理のために,交替潜時が同調傾向を示すには時間経過を必要とすると推測される.
本モデルを構築するにあたり,従来提出されたモデルのうち,特に,Hess, Philippot, & Blairy (1999)のmimicryモデル,ならびにGilesら(Giles & Smith, 1979; Shepard, Giles, & LePoire, 2001など)のaccommodation理論との対比を行うことが有益であった.Hessら(1999)のモデルは,情動に関わるmimicryや発達の初期段階におけるmimicryに中心的関心が置かれているため,同調傾向がさまざまな社会的な要因の影響を受けることを十分に説明するものとは言い難い.これに対して,本モデルは,相手に対する構えや社会的スキルの影響を取り入れているため,社会的な要因の影響を説明することができる.また,社会言語学者であるGilesらによるaccommodation理論では,話者が自分の発話様式を決めるために参照し取り入れる対象を,社会歴史的文脈と考える.これに対して本モデルでは,参照・取り入れの対象は相手の発話様式と考える.そして,Gilesらが説明対象とする同調傾向が,話者の所属文化や階級などの社会における位置づけを伝達するのとは対照的に,本モデルが扱う同調傾向は相手に対する個人的な構えを伝達すると考える.この考えは第3章における検討から得られた知見によって裏付けられている.
本モデルを従来のモデルと対比することにより,それぞれのモデルの説明領域を明確にすることができ,さらには同調傾向を俯瞰するための視点を提出することができる.同調傾向を俯瞰する視点とは次の2つである.第1の視点は,Hessら (1999)のモデルが説明対象とする情動的,自動的,先天的な側面をあらわす同調傾向と,本研究のモデルやGilesらの理論などが説明対象とする認知的,後天的な側面をあらわす同調傾向を峻別する視点である.前者を強くあらわしている具体例は,新生児の顔模倣,成人による表情模倣や情動を表出する音声表現に対する模倣であり,この側面の同調傾向は他者との感情的なつながりをもたらすことが従来の研究の概観によって推察される.一方,後者をあらわす具体例は,交替潜時や発言長,或いは使用言語やアクセントの同調傾向であり,この側面をあらわす同調傾向は他者との社会認知的なつながりをもたらすことが先行研究の概観から見出される.第2の視点は,本研究が提案するモデルやHessら(1999)のモデルが説明対象とするような,相手の非言語行動を取り入れて起こる同調傾向と,Gilesらの理論が説明対象とする社会歴史的文脈を参照して起こる同調傾向を峻別する視点である.はじめに述べたように,同調傾向は,従来さまざまな学問や分野で多様な関心から個別に研究されてきた.そのため,これまでは同調傾向に関する研究を広く概観する試みはほとんどなされておらず,同調傾向を全体的に俯瞰する視点がなかったと言わざるを得ない.したがって,本研究の意義は同調傾向を俯瞰するための視点を提供したことであると言える.
本研究では音声対話のみを扱ったため,今後は,日常生活でより一般的な対面対話における同調傾向を,マルチチャネル的な視点から検討する必要があろう.また,今後,言語内容と非言語行動の同調傾向の関連に関して検討されることも必要であると考えられる.



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