自由対話における話者交替の潜時と呼吸の関連

長岡 千賀  小森 政嗣  中村 敏枝
大阪大学大学院人間科学研究科


The Relationship between the Duration of Switching Pause and Breathing

Chika Nagaoka, Masashi Komori and Toshie Nakamura
{nagaoka, komori, nakamura}@hus.osaka-u.ac.jp
Graduate School of Human Sciences, Osaka University


abstract

The aim of this study was to explore the relationship between the duration of switching pause (i.e. silence between the utterance of 2 speakers: SP) and breathing patterns. Each of the 3 pairs of 2 subjects engaged in a 15-minute period of free conversation on 2 conditions: face-to-face condition and un-face-to-face (on the telephone) condition. The conversations were videotaped and subject's breathing patterns were measured. Most of the duration of SP was approximately 0 sec and 0.6sec. If the duration of SP was approximately 0 or 0.6sec, the following speaker's breathing tended to be entrained by the preceding speaker's utterance. It was also founded that speaker's SP was similar to that of their respective conversational partner, in term of distribution and in temporal change.

Keywords: turn-taking, switching pause, breathing, free conversation


1.はじめに

 人間同士の対面対話または電話による対話において、われわれは相手の発話のタイミングを敏感に感じ取り、相手の意図を推測している。例えば、相手に対して誘いかけや提案をしたときに、相手の応答のタイミングが遅ければ、拒否されることを予測するだろう。また、自分の意図を表出するために、意識的に発話のタイミングを微妙に調整することもある。このように、会話における話者交替の時間的側面は人間同士の相互コミュニケーションを考える上で重要な側面である。

 一般に「息の合ったトーク」というように、円滑なコミュニケーションは呼吸に喩えて表現される。このことは、われわれが相互コミュニケーションによって、呼吸で代表されるような生理的側面までも相互に影響しているということを、直感的に知っていることを示している。コミュニケーションと呼吸の関連について、実験的には、朗読者と聞き手の間の呼吸の同期現象[1]、話し手と聞き手の引き込み現象[2]などが報告されている。これらの研究では、1人の話者と1人の聞き手というように役割が固定されていた。しかし、より日常的には話者が交互に入れ替わることが多いことから、自由対話における呼吸を分析することが必要と考えられる。したがって、本研究では対面および非対面条件下で、被験者に自由に対話させ呼吸を測定する実験を行い、話者交替時の呼吸の分析から、交替潜時と呼吸との関連について検討する。本論文では、非対面条件の分析について報告する。





2. 方法

2.1 被験者

 大阪大学学部生および大学院生6名(男2名、女4名、21‐24歳)を被験者とした。被験者は2人1組で実験に参加した。すべての組において被験者らは、互いに親しいと感じており、同性同士である条件を満たしていた。

2.2 装置・器具

 実験は大阪大学人間科学部情報行動学防音室および視聴覚実験室で行った。非対面条件において、被験者は受話器付インターホン(National: VL-469G , アイホン: IEH-1C)で会話した。会話の様子をビデオカメラ(SONY: NV-M55, Victor: GR-35)およびビデオデッキ(SONY: WV-SW1, WV-BW3)で収録した。被験者の胸郭呼吸を呼吸ピックアップ(BIOPAC Systems: RSP100, TEL100D, TEL100M)を用い、MP100(BIOPAC Systems)を通して、コンピュータ(Macintosh: Power Book 53oo)に記録した(使用ソフトはBIOPAC Systems: AcqKnowledge v2.1である)。また、会話音声をマイク(SONY: ECM-999, ECM-959DT)で収音し、UIM100A(BIOPAC Systems)を経由してMP100(BIOPAC Systems)に入力した。これにより、呼吸と音声をコンピュータに同期記録した。

2.3 手続き

 はじめに、防音室で被験者2名に同時に教示をおこなった。会話は、原則として自由対話であるが、最初の話題のみ実験者が示すリスト(「最近関心のあること」や「好きな音楽」等、自由に会話しやすいと考えられる6項目)から選択させた。会話が進まなくなった場合には、再びリストから話題を選択し会話を続けるよう教示した。普段から2人でやっているように自然な会話をするよう強調した。

 実験は次の2つに分けられる。

2.3.1 対面条件

 被験者は2名とも防音室内で、互いに半分向かい合うような形で斜め前を向いた姿勢で椅子に掛け、対面対話を約15分行った。被験者の顔の間の距離は約0.8mであった。対話の前後約2分間は安静時の呼吸を測定するため、会話を控えさせた。

2.3.2 非対面条件

 被験者は別々の実験室に分かれ、受話器付きインターホンを通じて対話を約15分間行った(図1)。対話の前後約2分間は安静時の呼吸を測定するため、会話を控えさせた。

見取り図

図1 実験室の配置の見取り図(非対面条件)

Fig.1 Disposition in Soundproof Chambers.





3. 結果

 非対面対話における結果を報告する。

3.1 発話の繋がりによる分類

 自由対話の始めから約5分後以降の10分間を分析対象とし、話者交替が生じる個所において、先行発話の終わりから後続発話のオンセットまでの長さを発話交替の潜時として計測した(図2)。ただし、先行発話に対して相槌だけが返された場合や、先行話者の発話の続きによって他方の話者が遮られ句の途中で中断した場合は、発話交替と見なさなかった。また、後続発話の最初に笑い声が含まれている場合はデータから除いた。

(A)
Aさん: ┣━先行発話━┫
Bさん: ┣━後続発話━┫


(B) Bさんの発話が中断した場合は話者交替とは見なさない。

発話 ーズ
Aさん: ┝━━発話━━┥ ┝━━発話━━┥
Bさん:
(中断)

図2 話者交替の潜時

Fig.2 Switching Pause.



 先行発話と後続発話の意味的繋がりを、1相手に発話を求めているものと応答となっているものの繋がり、2その他に分類した。2は相手への情報提供同士の繋がりであることがほとんどであった。2はさらに、後続発話の頭に、「そう」「ふんふん」などの相槌的表現があるかどうか、感嘆反応の表現があるかどうかで分けた(表1)。

表1 発話の繋がりによる分類と頻度

Table1 Classification of Turn-taking.

      会話例 頻度
1 質問と応答 A: そっちの部屋はどんな部屋?

B: 狭いよ、ほんとに。
53
提案と承諾 A: 計画たてようよ。

B: うん、そうだね。
2a 相槌的表現がある A: 聞いたことあるね。

B: うん、養殖しとったような…
53
2b 感嘆的表現がある A: めっちゃ夜中おったで。

B: えっ、おったんや。
45
2c それ以外 A: 京都だから。

B: おまえもそんな理由で。
144


 交替潜時は0秒付近に多く、マイナスの値をとることもある(図3)。つまり、先行発話の末尾に後続発話の最初がわずかに重なるか、非常に短い沈黙があるかである。2a, 2bの後続発話の最初に相槌や感嘆表現が含まれる場合、その約半数(それぞれ53例中26例, 45例中18例)は、後続発話の始めが先行発話の末尾に重なっていた。これに対して、1や2cでは先行発話と後続発話が重ならないことの方が多く、重なるのはそれぞれわずか17%、26%であった。また、2a, 2b, 2cにおいて、約0.6秒を中心とした小さなピークが認められる。

分布

図3 交替潜時の分布

Fig.3 Distribution Maps of Switching Pause.

3.2 被験者別の潜時

 実験に参加した3組のうち2組(pair1とpair2)は、互いに非常に親しいと感じており、これからも2人の仲を保ちたいと強く思っていると答えた。これらの被験者の交替潜時の長さの分布は、対話相手の潜時の分布と類似する傾向がある(潜時の平均値を表2に示す)。残り1組の被験者ら(pair3)は、知り合って4ヶ月足らずのやや親しい程度の仲であるが、これから2人の仲を保ちたいと強く思っていると回答した。

表2 対話者別の潜時の平均値

Table2 Average Duration of Switching Pause.

  先行話者→後続話者 average duration

(sec)
SD
pair1 Sub. Ma → Sub. N 0.321 0.669
Sub. N → Sub. Ma 0.288 0.358
pair2 Sub. I → Sub. Mi 0.205 0.543
Sub. Mi → Sub. I 0.222 0.502
pair3 Sub. H → Sub. T 0.047 0.360
Sub. T → Sub. H 0.054 0.358


 また、潜時は時系列的変化においても、対話者同士で類似する傾向がある。潜時の時系列的変化の形状は一部、対話者同士互いに酷似する(図4)。

時系列的変化

図4 潜時の時系列的変化(Sub. Iとsub. Miの組)

Fig.4 Temporal Change of Switching Pause.

3.3 発話と呼吸の関係

発話終了  発話終了時の呼吸波形の例を図5に示す。同一被験者の呼吸波形を、発話終了時より0.5秒前から2秒間の波形を重ねて示すことで、発話終了時の呼吸パターンに一貫性が認められる。ただし、同一被験者の呼吸パターンは一貫するが、被験者が違えばそうではない。発話終了点を堺に呼気から吸気に変わるパターンを示す被験者と、発話終了点より約0.1秒後を堺に呼気から吸気に変わるパターンを示す被験者との2つに分類できる。
図5 発話終了時の呼吸波形の例
矢印は発話終了点を示す。
Fig.5 Breathing at End of Utterance.


3.4 話者交替時の呼吸

 図6に、話者交替時の呼吸波形の例を示す。潜時が約0秒のときには、先行発話の終了と後続話者の呼吸の変化点とが同期する(全96中78例、約81%)。特に吸気から呼気へ変化することが多く(78例中67例)、呼気から吸気への変化は78例中11例であった。 0秒
 また、潜時の長さが0.6秒前後である場合にも、先行発話の終了と後続話者の呼吸の変化点が同期する傾向がある(全42例中26例、約62%)。呼気から吸気への変化が26例中15例、吸気から呼気への変化が26例中11例みられた。特に後続話者の呼吸が先行発話終了時に呼気から吸気へと変わる場合には、先行話者と後続話者の呼吸パターンが互いに一致する(図6(B))。このような同期現象は、潜時が約1.5秒のときにも認められた。 0.6秒
 しかし、それより他の潜時では、先行発話の終了と後続話者の呼吸の変化点の同期現象はみとめにくい。例えば0.2〜0.5秒の潜時で同様の現象が見られるのは全51例中11例(約23%)と少なかった。 0.2秒
図6 話者交替時の呼吸波形の例
(D), (E)は後続話者の呼吸波形のみ示す。
Fig.6 Breathing at Turn-taking.






4. 考察

4.1 対話者同士の潜時の一致

 発話交替の潜時の長さは、分布においても時系列的変化においても、対話相手のそれと類似する傾向があった。特に、潜時の時系列的変化が対話者同士で類似することから、潜時の長さが互いに相互影響しながら変化することが示された。

4.2 呼吸と潜時の関係

 本研究では、生理指標として発話の基礎となる呼吸を測定した。これにより、話者の呼吸は発話終了後呼気から吸気へ変化すること、および、先行発話終了と同時に後続話者の呼吸が呼気から吸気へ、または吸気から呼気へ変化することが示された。したがって、発話交替時には、対話者の呼吸の変化点が互いに同期する傾向がある。交替潜時の長さは約0秒をピークとした分布を示しており、約0.6秒前後にもわずかにピークが認めされた。呼吸の同期現象は、潜時がこれらのピーク付近であるときに、顕著に見られた。

 対話において先行話者の発話中は後続話者は聞き手役であることから、先行発話の終了と後続話者の呼吸の変化点が同期することは小森ら[3] 等の研究結果に支持される。これらの研究では、録音された朗読音声または音楽を聴取させ、句の終端やフレーズの終了と、聴取者の呼吸の変化点が同期することを示している[3] [4]

 更に、親しい者同士の自由対話においては、後続話者は自分の呼吸の変化点を相手の呼吸の変化点に一致させることによってうまく発話の順番取りを行っていると考えられる。図6(A), (B), (C)の後続話者の呼吸パターンはこの過程を示しており、換言すれば、交替潜時約0秒および0.6秒とは、呼吸の同期化によって順番取りを行った場合の長さと解釈できる。

4.3 発話内ポーズと交替潜時の関係

 本デ-タには、両被験者が同時に話し始めるという同時発話も見られた。多くの場合は、一方の話者の発話内ポーズ(同一話者による発話内のポーズ)と話者交替の潜時がほぼ一致することによる、同時発話であった。多くの場合、交替潜時の方が発話内ポーズよりも短かった(全18例中12例)。したがって、交替潜時を発話内ポーズより短くし、相手の発話開始よりも先に自分の発話を開始することによって、自分の発話の順番取りをしていると考えられる。





5. 結び

本研究は、親しい者同士の自由対話における、話者交替時の呼吸を分析し、交替潜時と呼吸の関係について検討し、以下の結論を得た。

(1) 親しい者同士の対話において、約0秒および0.6秒前後の交替潜時が多かった。

(2) 対話者同士の潜時は、分布においても時系列的変化においても類似する傾向がある。

(3) 潜時が約0秒や0.6秒前後である場合、先行発話の終了と後続話者の呼吸の変化点と同期する傾向がある。

今後更に、交替潜時が対人魅力に及ぼす影響、呼吸が同期することの効果について検討する予定である。





参考文献

[1] 中村:“間”の感性 井口征二(編)感性情報処理;オーム社;Pp.151-169 (1994) .

[2] 渡辺, 大久保, 黒田:対面コミュニケーションにおける話し手と聞き手との呼吸の引き込み現象の分析評価;ヒューマンインタフェイス学会誌Vol. 12, Pp.31-35(1997).

[3] 小森, 中村, 長岡:スピーチ聴取時の呼吸と、ちょうど良い「間(ま)」の長さ;関西心理学会資料(1999).

[4] 長岡, 小森, 中村,:音楽における「間」の長さの判断と呼吸の関連;ヒューマンインタフェイス・シンポジウム論文集Pp. 399-404(1999).



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