Quantitative Psychology of Cultural Taste
 

阪大感性情報心理学研究室>論文>abstract

映像における背景音楽が記憶の想起に与える影響

—音楽による感情喚起の強度を指標とした心理学的研究—


 映像作品において、背景音楽は全体の印象を強め、記憶に残る作品にする効果の一つとして用いられてきたと言えるだろう。このような、従来は経験的知識にすぎなかった背景音楽が認知に与える効果に関して、近年、音楽心理学的アプローチによる研究が進められてきている。しかし、その多くは、快な音楽が記憶に与える効果の検証といったような、音楽の感情価の影響に焦点をあてた研究である。そこで、認知心理学の先行研究でなされた、記憶においては感情の喚起度がより重要であり、強い感情喚起は記憶に有利に働くという示唆をうけ、本研究では、背景音楽による感情喚起が強いほど映像記憶の想起が容易になるという仮説の検証実験を行った。

 実験1の目的は、実験2の刺激となる、強く感情を喚起する(喚起強)音楽・感情を喚起しない(喚起弱)音楽を選ぶことにあった。α波ミュージックや映画のサントラから選んだ8曲を、多面的感情状態評定尺度短縮版(寺崎 他, 1991)を基に予備実験で作成した尺度で評定させた。各刺激を感情喚起量(尺度毎に感情評定値の聴取前後の変化量を算出した値)の絶対値合計で比較し、最大値をとった曲を喚起強音楽、2番目に小さい値をとった曲を(最小より適切だったため)喚起弱音楽とした。

 実験2において、仮説の検証を行なった。背景音楽の違いによる影響を比較するため、実験条件において喚起強音楽を伴う映像を視聴する喚起強群と、喚起弱音楽を伴う映像を視聴する喚起弱群の2群に被験者を分けた(両群の映像は同じ物であり、かつどちらを背景音楽としても不自然でないような曖昧な内容の映像とした)。また、両群の記憶能力の等質性を確認するために、共通の刺激を視聴する統制条件も課した。被験者は実験条件・統制条件の各々において感情評定を行い、1日後に両条件の刺激に関する記憶再生テストを受けた。統制条件の結果より、両群の記憶能力は等質ではないことが確認されたため、単純に比較できないことを考慮に入れ実験条件の正答率の分析を行った。その結果、各音楽の意図する感情喚起(喚起強 or 喚起弱)を導かれていた被験者においては、喚起強群の正答率が喚起弱群と比べ、高いことがわかった。また、意図した音楽の効果が得られなかった残りの被験者に関しても、刺激の違いによる系統だった影響はみられなかったが、実際に喚起された感情が強いほど、正答率も高くなる傾向が確認された。よって、全体として、背景音楽による感情喚起が強いほど映像記憶の想起が容易になる、という仮説を支持する結果が得られたと言える。

 本研究から得られた結果は、Cohen(2000)の背景音楽に関する理論等に通じるものがある。そこで、本研究の結果を、背景音楽により強く感情を喚起されると、映像に感情を喚起する対象を強く求めることとなり、映像への注意力が増し、その結果、利用できる情報量が増大するため記憶の想起が容易になると解釈する事も可能である。

 AV機器の発達により、より細かい実験条件を設定できる装置の利用が可能になる事で、この分野における研究も一層進んでいくことと思われる。本研究では、経験的知識の心理学的裏づけをとるに止まったが、今後の研究で、知識を体系化させることが望まれる。


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