Quantitative Psychology of Cultural Taste
 

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音楽聴取による気分誘導に関する心理学的研究

 現代ストレス社会において、自身の気分状態を主体的にコントロールする能力が求められる。日常の困難に直面して起こる抑うつ気分を緩和することは特に必要性が高い。これに対して、日常的な行為であり、気分に効果的に影響すると考えられるのが音楽の聴取である。だがその効果の程度や仕組みには不明確な点が多い。本研究では、音楽聴取による抑うつ気分の低減効果を検証する。

 まず、音楽のもつ印象とそれを聴取した人の気分変化には密接な関連があり、音楽はその印象に近くなるように気分に影響すると言われている。さらに臨床場面において知られているAltshulerの「同質の原理」は、聴取者の気分に同質な印象の音楽から異質な印象の音楽へと段階的に変化させることで、聴取者の拒絶を招かずにその気分を改善できることと捉えられており、実践的に応用されている。以上から、抑うつ的印象の高い音楽から低い音楽へと段階的に聴取することで、抑うつ気分を効果的に低下させ得ることが推測される。そこで、音楽の抑うつ的印象の時系列的変化が気分に及ぼす影響を調べることを本研究の課題とする。ここでは音楽の印象決定にテンポが強く関与していることに着目し、テンポ(一分あたりの四分音符の数、以下同義)を操作することによって抑うつ的印象を操作する。すなわち、テンポを段階的に増加させることによって、音楽の抑うつ的印象を段階的に低下させることができるものと考える。

 実験1の目的は、テンポの増加によって音楽の抑うつ的印象が低下することを確認することである。抑うつ的印象に幅を持たせ、曲調による影響も検討するために、単純な長調の旋律とそれを短調にしたものとを用いる。大学生106名は、調2種類(短調、長調)×テンポ5種類(30,53,95,169,300)の音楽刺激を聴取し、抑うつ的印象の評定をおこなった。その結果、テンポが速いほど抑うつ的印象が低く評価される傾向、および短調の方が抑うつ的印象が高いことが示された。このことから、遅いテンポから速いテンポへの系列では抑うつ的印象は時系列的に低減することが確認された。これを受けて実験2では、テンポの段階的な変化が気分に及ぼす影響を検討することとした。遅いテンポから速いテンポへの系列は、抑うつ気分を低減することが予測される。大学生など46名に対し個別聴取実験をおこない、調2種類(短調、長調)×テンポ系列2種類(加速、減速)の4条件のいずれかの刺激を提示し、聴取前後での抑うつ気分の変化をみた。その結果、テンポ系列によって抑うつ気分の変化に差は見られなかったものの、長調によって抑うつ気分は顕著に低下した。

 以上から言えることは二つある。まずひとつは、長調の曲は抑うつ的印象が低く、抑うつ気分を低下させる効果が見られるということである。この結果は、現在まで不確実ながらも述べられてきた、音楽がその印象に近くなるように感情に影響するという報告と一致する。逆に、抑うつ的印象の高い短調の曲には抑うつ気分を低下させる効果は見られなかった。次に、テンポは音楽の印象に影響するが、テンポ系列をもって印象の系列をなしても、それは気分に影響するとは言えないことが分かる。この原因としては、提示音楽の全時間長が3分03秒と短かったことが考えられる。音楽の系列の効果は、数十分もしくはそれ以上という長期でみられるものである可能性が考えられる。よって本研究と同様に刺激の条件を統制した上で、より長い聴取時間を設けた実験が必要となる。ここで、単純な刺激の反復聴取が気分へのバイアスとなり得るなど、被験者への負担が問題となる。今後の研究は、条件の統制と自然な聴取との両方を成り立たせながら展開される必要があるといえる。


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