Quantitative Psychology of Cultural Taste
 

阪大感性情報心理学研究室>論文(abstract)

2者間の即興演奏のやり取りが対人印象に及ぼす影響

−音楽療法への科学的アプローチ−
 
【序論】

 近年心理療法の一つとして音楽療法が関心を集めてきている。その音楽療法の中に、療法セッションに即興演奏を取り入れた「即興的な音楽療法」と呼ばれるものがある。この「即興的な音楽療法」に関する臨床的な効果の報告は数多くあるものの、実験的な立場からの検証はほとんどなされていない。本研究は臨床的な立場から報告されている音楽療法の効果に対して科学的にアプローチし、「即興的な音楽療法」の体系づけに一助を与え、その発展に貢献することが目的である。

【実験1】 −即興的な音楽療法の最終的な効果の検証−

 音楽を使用した非言語的なやり取りが主観的な社会性を向上させる要因となるかということを検証するため、調査日程、統制日程、実験日程を設定し、さらに非言語的なやり取りにおける「相手に合わせる」意識の有無によって3つの実験条件を設定するという2要因配置の計画をたて、各日程で被験者に自己概念尺度に対する評定を求め、各日程間、条件間での、自己概念の中の向性因子尺度に関する得点を比較した。その結果、音楽を使用した非言語的なやり取りが主観的な社会性を向上させる要因となるとはいえなかった。そして、即興的な音楽療法の最終的な効果を実験的に検証することが非常に困難であることが改めて示唆された。

【実験2】 −即興的な音楽療法の基礎的な効果の検証−

 実験1の結果を踏まえ、実験2では即興的な音楽療法のより基礎的な段階における効果を検証する。即興演奏が演奏相手の印象を向上させる要因となるかを検証するため、ドラムを使った2者間の即興演奏において、即興性の有無によって2つの条件を設定し、演奏相手に対して感じる主観的な印象評定を被験者に求め、条件間での印象評定値を比較した。加えて、その印象評定値と2者間の即興演奏における音響特性の関係についても検討した。その結果、即興演奏を行うことによって演奏相手に対して感じる印象が向上することが分かった。また、即興演奏において、演奏相手がコミュニケーションをとろうとする意識をもって演奏を行ったほうが、その演奏相手に対して感じる印象が向上した。さらに、2人の演奏音の音響特性が類似しているほど演奏相手に対する好感度は向上することが示唆された。

【総合討議】

 実験1より、音楽療法の効果を定量的に実証することが困難であることが示された。実験2より、ドラムを叩くという行為自体が楽しさや満足感を包含していることがわかり、2者間の即興演奏のやり取りは演奏相手の印象を向上させることがわかった。加えて、音響特性が類似しているほど演奏相手に対する好感度は向上することより、音楽療法士の演奏方略に対する示唆も得られた。つまり、療法士は、音楽療法を行うとき、患者の演奏に合わせて即興的に演奏するべきであり、また、ある程度の自立性または独創性をもって演奏するべきであるということが示されたのである。本研究の即興的な音楽療法への貢献はごく小さなものである。しかし、即興的な音楽療法に対する科学的アプローチを積み重ねることによって、その体系づけを行うことは非常に重要である。今後さらなる音楽療法に対する科学的貢献が望まれる。

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